プレスリリース
【インタビュー】熊本ネット創業時からの立役者がご勇退。創業1年目から33年、いままでの歩みと想い ≪本部長 柴田 剛≫
2026.08.31
九州エリアの出版流通を長年にわたって支えてきた熊本ネット。
九州一円はもちろん、全国の出版社からも声がかかる存在へと企業を育て上げた立役者をご紹介します。
創業時からのメンバーとして33年にわたり尽力してまいりましたのが、熊本ネット株式会社 取締役本部長の柴田剛。 2026年8月31日をもって退任いたします。今回は、退任を前に、これまでの歩みと今の思いを伺いました。
▼ 今回お話を伺ったのは
〈本部長 柴田 剛〉

地元の経済紙記者を経て、出版取次会社「熊本ネット株式会社」創業初年度より参画。 以来33年にわたり、九州一円の書店・出版社をつなぐ流通の仕組みをゼロから築き上げ、現在の熊本ネットの礎を築く。 2026年8月31日付で退任。
「本屋を1軒ずつ回った」ゼロからのスタート
—— まずは、柴田本部長が熊本ネットに携わるまでの経緯を教えてください。
もともとは地元の経済紙、”くまもと経済”で記者をしていたんです。その際の上司が熊本ネット創業者であり、前会長の小椋さんでした。
独立志向の強い人で、たった1人で鹿児島県の経済紙を作られていました。 さすがに大変なので当時の部下である私たちも呼ばれて手伝いに行き、鹿児島支社という形で一緒にやっていたんですが、3、4年経った頃にその上司が本社に戻ることになって。 「いずれ独立して新しい会社を作るから、そのときは来てくれ」と言われていたんです。
それからしばらくして本当に電話がかかってきて!実際に独立をされて、思いのほか忙しいから早めにきてくれないか、と。 そのまま創業半年後に入社する形となりました。
—— 熊本ネットは、順調な滑り出しだったのでしょうか。
いえ、それが全然(笑)。入社したタイミングでは、当初あるはずだった仕事はもう無くなっていました。 何もやることがない。資本金が目減りしていくだけの毎日で、逆に定時で帰ってばかりの日々でした。
そこで、インターネットもない時代だったので、1軒ずつ福岡の出版社を訪ねて回ったんですが、受付にも門前払いされる。 ようやく会ってもらえても、けげんな顔をされるだけで、ほとんど相手にされませんでした。
—— そこからどうやって、最初の取引につながったのでしょうか。
最後にたどり着いたのが釣り関連の出版社でした。釣りの本は釣具店で売れることが多くて、地方の釣具店まではさすがに大手も手が回っていなかったんです。 「そこまで言うなら」と、幹線道路からちょっと入った小さな本屋や釣具店を回る、効率の悪い仕事を任せてもらえることになりました。
そこで少しずつ実績を作れたことで、「やってみればなんとかなる」という手応えを持てました。 その出版社さんが『あそこは大丈夫だよ』と言ってくださったのか、少しずつ他の出版社からも仕事が来るようになっていったんです。
出版社になるか、取次に徹するか ── 転機となった決断
—— 流通の会社として歩み始めた一方ですが、出版に携わりたいという想いはあったのでしょうか。
はい。もともと出版社出身だったので、いずれは自分たちで出版物を出したいという思いはずっとありました。 私は編集担当で、小椋さんは広告営業が得意だったので、企画を立てて、フリーで動いている仲間も巻き込みながら、中古車・バイクの情報誌を作ろうとしていたんです。 イメージとしては、カーセンサーのようなものの熊本県版ですね。
—— それが、今の「流通に特化する」という方向に変わったきっかけは何だったのでしょうか。
創刊の準備を進めていた矢先に、福岡の出版社の社長さんから呼び出しを受けたんです。 うちとは付き合いのない会社だったので、クレームかと身構えて行ったら、「その企画、やめてもらえないか。その代わり、うちの商品を全部お宅に流通で預けるから」と言われて。
我々の順調な動きを察して、熊本での出版へ裾野を拡大したいと思っていたのでしょう。
これはもう、すごく悩みました。まだ何も生み出していない新しい雑誌に賭けるか、既存の商品を丸ごと扱わせてもらって実績を積むか。 悩んだ末に、後者を選びました。正直、出版は人もお金も時間もかかりますから。
その決断をしてからは、逆に毎日のように「新しい雑誌を出したいんだけど、置いてもらえるか」という相談が来るようになったんです。 だからこそ流通に徹しようと腹をくくりました。 当時、小椋さんからは「出版をしないと決めたらもうお前は書けなくなるぞ、本当は書くことが好きなんだろう」と言われもしましたが、 自分を客観的に見ても、この決断に迷いはありませんでした。
東京から届く雑誌の「遅れ」が生んだ、九州唯一の存在
—— そこからどのように事業を広げていったのでしょうか。
出版流通の世界は、実はほとんどの出版社が東京に集中していて、地方の出版社の商品も、一度荷物を東京に集約してから全国に送り返す仕組みになっているんです。 だから東京では即日届くものが、大阪は翌日、そして九州には2日、熊本にはさらに遅れて3日後、という状態でした。
週刊誌なんかは特に困るんです。サッカーの試合結果を扱う特集が載っても、熊本に届く頃にはもう何日も経っている。 それなら、と福岡でデータを作って現地の印刷会社に回し、翌日には熊本に届く仕組みを作りました。 東京を経由しない分、鮮度の高い情報を地元で流通できるようになったんです。
—— それが会社の強みとして確立されていったのですね。
そうですね。気づけば、大手取次を介さず地方誌を独自に流通させる専門の取次として、全国区で名前が知られるようになっていました。 東京の出版社から「九州だけでテスト販売してみたい」という依頼が来ることも増えましたね。
振り返ると、狙って戦略的に動いたことはほとんどないんです。行った先々の紹介や、その時々の縁に導かれてきただけで。
ただ、出版取次事業も、受け身の受注産業のままではいずれ厳しくなると考えて、こちらから出版社に働きかけられる『問題集の作成部門』を新たに立ち上げたのです。 九州一円で培ってきた流通網を活かせる、能動的な仕事の形を模索した結果でした。
ハイコムグループとの出会い
—— そうした歩みを経て、熊本ネットは2025年2月にハイコムグループの一員となったわけですね。退任という決断に至った理由を教えてください。
退任しよう、と思ったのが1年前くらいでした。33年やってきたので、正直このまま続けていたら、なんとなくダラダラ続けてしまっていたと思うんです(笑)。
特にハイコムグループの仲間となったことは、自分にとって一つのいい区切りになりましたね。 DX化や広報も含めて、熊本ネット単体でやっていた頃にはできなかった展開が見えてきましたし、時代が変わってきているのを感じます。
また、熊本ネットには入社して27年ほどのベテラン同期社員が3名おり、安心して任せられます。 基本的に現場は彼女らに任せてきたので、盤石な体制は整っていますし、各部署の担当者もとても優秀です。
そして、ハイコムポスティングと一緒の拠点となり、社員同士の交流も増えていることもとてもいいことだと捉えています。 今後も互いにいいシナジーが生まれればと思っています。

—— 最後に、これまでご一緒されてきた皆さんへ、一言いただけますか。
今、業界としては厳しい状況にあるのは事実です。そんな中で、ハイコムグループという環境でご一緒させていただけたのは、本当にラッキーだったと思っています。 自由にやっていいという雰囲気を作ってくださったので、これまでとあまり変わらない感覚で仕事を続けることができました。
長い間、本当にありがとうございました。
33年という長きにわたり、熊本ネットを支えてきた本部長の柴田。ゼロから築き上げた流通の仕組みと、仕事に注いできた情熱は、これからも弊社の大切な礎として受け継がれてまいります。 これまでの多大なる功績に敬意と感謝を表するとともに、柴田の今後ますますのご健勝と、新たな門出が実り多きものとなりますことを、社員一同心よりお祈り申し上げます。
■熊本ネット株式会社 会社概要
本社所在地:〒862-0967 熊本県熊本市南区流通団地2丁目15-3 2階
TEL:096-370-0771 FAX:096-370-0348
代表取締役:甲斐 大童
事業内容 :出版取次事業、出版事業、新聞取次事業
ハイコムグループHP:https://8156.jp/
熊本ネットHP:https://kumamoto-net.com/
【本件に関するお問い合わせ】
ハイコムグループ 広報企画部 菅沼
E-mail:koho@8156.jp
電話番号:050-8882-5600(お呼び出しは5→3 広報担当までお願いいたします)


